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900円のシイタケはダミー(まちセミ講演録:高野誠鮮その1)

2013/01/15 

スーパー公務員「高野誠鮮」さん講演会 

「こうすれば人は動き、まちは変わる」

2012年12月15日 富山国際会議場

主催 NPO法人GPネットワーク

協賛 富山大手町コンベンション株式会社

その1

 

ただいま紹介をいただきました高野でございます。ただの役場の職員です。

私たちの17年からの限界集落の取り組みを紹介します。

65歳以上が人口の半分を超えると限界集落と言います。皆さんが、この対策に年間予算60万円使ってなんとかしろと言われたらどうしますか。出来ませんと言いますか。600万円だったらどうしますか。600万円で限界集落が無くなるのなら、日本中、限界集落はなくなります。

私たち公務員は、失敗の原因を外に出してしまう。あの人のせいで、国の予算がつかなくて、などなどです。自分以外の人のせいにするのです。

60万円というのは、私が決めた予算です。平成16年の11月に予算書を出したんです。当時、市長には桁が違うのではないかと言われました。中身は何かというと、53万円がバスの借り上げ料で残り7万円は私の東京出張の旅費です。

市長からは「60万円で出来るのか。」と聞かれ、「やってみないと分からないと答えました。」ただ、条件を出させてもらいました。稟議もしない。決済もしない。それを言い出したら、とたんに怒られました。

なぜ、そんな条件を出したかというと、判断の正しい人たちばかりなら、こんな手の付けられない状態にはなっていなっかた筈だと考えたのです。

 

その場所を「神子原(みこはら)」と言います。

富山との県境にあたります。ここは、110haの広大な棚田が広がっています。でも、遊休農地が46haもあり、1/3は崩壊しています。昭和40年代の人口は1000人を超えていましたが、ここをなんとかしようと始めた平成17年は500人以下です。

 

愛媛県内子町と茨城県のみずほの村市場、いずれも億以上の売り上げがある市場です。

地域の人たちを連れて視察に行きました。お金が無いからできないと言ったら何もできません。

よくある失敗は、会議ばかり開くこと、東京からコンサルタントの先生を呼んで来ることです。分厚い計画書を作っても、何回会議を開いても、高齢化率は下がりません。

役所には、立派な文書は残ります。でも現実は変わりません。

何より、企業家魂がありません。40万円の給料をもらって40万円の仕事をしている公務員がどれだけいますか。ほとんどいません。民間だったら潰れています。

そんな役所に改善・改革ができますか。できるわけ無いでしょ。出来るのなら、とうにやっています。

合議制には社会的責任は取れません。何より理念が無いです。公務員には3種類しかありません。いてもいなくても良い公務員。いない方が良い公務員。いなくちゃならない公務員。この三つです。なぜそうかというと、目線が違うのです。上司の顔色を見て仕事をしているのです。

疲弊した農村集落に必要なのは、なくてはならない職員なのです。何をしなけりゃいけないのか、人が起こしたことは人の努力でどうにでもなるのです。

ただし、深い経験と深い知識が必要なのです。浅い経験と知識では間違えるのです。

結論からいうと、高齢化54%だったのが、平成21年で47.5%、なんとか限界集落から脱却したのです。夫婦あわせて月額30万円を超える農家が出てきたのです。読売新聞に特集されたら国税局がすっとんできました。

Uターンが8組あります。移住者が13家族40名になろうとしています。

60万円の予算は、段々減らして、今は、予算ゼロ円です。お金が無くても出来ることはたくさんあります。

マイナス思考の人間は出来ない理由を考え、失敗したことの心配をします。そういうマイナス思考の人間からは何も生まれません。

楽観的になれといっているのではありません。どうしたら出来るかを考えてほしいのです。

出来ない理由を言う人間、こういうのは要りません。

徹底的な原因究明をしてないのです。どうして農村集落は疲弊しているのか、徹底的に究明すれば、良いのです。

簡単です。金にならないからです。5年に一回出ている農業センサスを見てください。一年間における農業の所得は合併前の邑知村(おおちむら)で平均年収87万円です。日本人の平均的サラリーマンの年収は平成17年で435万円あったのです。

農業を続ける方法は二つしかありません。一つは兼業です。もう一つは、年金もらいながらの農業です。この二つはできます。

そのルートから外れると、田舎から出て、富山や金沢に住みます。そこで、家を建てて、やがて、田舎のおじいちゃん、おばあちゃんを迎えに来ます。昭和40年に1000人いた人口はどんどん減って500人です。小学校は取り壊しです。18年間子供が一人も生まれていませんから。それが、現実です。

 

農業の最大の欠点は、自分で作ったものに、自分で値段を付けられないことです。1本作るのに100円の大根が、今日は10円だと決められる。誰が値段を付けるのですか。市場(しじょう)という自分が全く知らない相手が勝手に値段を付けるのです。

一次産業は全てそういう仕掛けになっているのです。

コメの値段は誰が決めるのですか、市場です。毎年下がります。

これは産業では無いです。希望小売価格をつけられないものは産業ではないです。市場という投機の対象の上におかれている。これが最大の欠点です。

私、平成17年に農協で喧嘩になったのです。脳がく○うと書いて農協と言ったら、組合長から喧嘩うっているのかと言われました。

喧嘩ではありません。現実を知って欲しいのです。農協の職員になったら、500万600万と給料がもらえます。なんで、山で農業やったら87万円なのですか。

米価毎年下がるのですよ、農協の職員の給料は毎年下がるのですかと聞いたら、返事はありませんでした。

その組合長が、2年後に最大の味方になってくれたのです。

農業の特徴はもう一つあって、JAという補助輪と役所という補助輪を二つ付けて走っているのです。私たちは二つの補助輪を外しませんかと集落説明会を開いたのです。

農家の人たちは、今日は新しい補助金の説明会ではないのか。今までの補助輪を外せ、自分で値段を付けろと言われても、と戸惑っていました。私たちは、生産、加工、販売を自分でしませんか、自分で値段を付けませんかと持ちかけたのです。それは、直売所しかありませんよね。初年度の60万円の予算の大部分は、2か所の直売所の視察のためのバス借り上げ費用でした。しかも、億単位以上の売り上げをしている直売所に決めました。

一回目は、道後温泉の近くまで旅しませんかと持ちかけ、愛媛県内子町までご案内しました。

温泉は後にして直売所に着き、バスから降りたら、その直売所のあるおばあちゃんが、「さあ、この中で私より年収が多いと思う人は手を挙げて。」と言ったのです。「私の年収2800万円。」みんな顔を伏せてしまいました。そのおばあちゃんは椎茸農家なのです。ご夫婦揃って農協に椎茸を出荷していた時には、年間400万円しかならなかったのが、直売にしたら2800万円。売り場を案内してもらいました。こんなに大きな椎茸の袋が1300円、はるかに小さい椎茸の袋が900円、どっち取ると聞かれました。みんな1300円を取る。そのおばあちゃんは、900円の袋はダミーだというのです。人は見た瞬間に1300円が得だと思ってそれを買うそうです。

 

知恵を見ました。ものすごい知恵があります。

茨城県のみずほの村市場、ここもそうです。長谷川さんという元町会議員の方。なにしろ知恵があるのです。知識ではなくて知恵なのです。

 

その2か所を視察させてもらって、生産・管理・販売。 農協の補助輪、外しませんか、役所の補助輪、外しませんかと、勧めたのです。169世帯中、理解して賛成していただいたのは3世帯だけです。反対の理由、売れなかったらどうする。失敗したらどうする。目の前に客を呼んで来いよ。と言われました。おれが、そいつにコメを売ってやるからそいつを連れてこいと言われたのです。

では、私がコメを売ってみますので、売れたら、次は皆さんが会社作って、自ら売ってくださいねとお願いしました。本当に売れたらお前の言うこと何でも聞いてやると言われました。私は平成17年にコメを売り始めました。

 

その2に続く・・・・・

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